1843年(天保14年)「善光寺道名所図会」という本の中に「蕎麦切りの特に佳品と賞するは、第一に戸隠、第二に相木、第三に三原なり」と掲載されている。と戸隠観光課のホームページや蕎麦関係の本に載っている。しかしどれも同じような言葉で書いてあるのがどーも腑に落ちない。この手の古文書の文献云々は最初の人が発表するとその本を読んだ人が自分のものとしてさも自分で調べたように書いてしまうといった困った問題がある。まあいいんだけど…。笑い話だが、何々参照とか誰かさんの本からの抜粋云々のみで丸々一冊本ができあがってしまうこともあるらしい。蕎麦関係の本を読んでいるとそんなのばっかりだ。そこで、ホント?じゃどんなふうに書かれてんの?といつものように自分のこの目で確かめたい衝動にかられてしまったのが今回の話です。ということで、県立歴史館に行って「善光寺道名所図会」ってやつを見たいんだけどありますか?(読みたいのではなく見たいだけ)と言うと学芸員さんが「善光寺道名所図会」って本は一巻から五巻まであって今特別展で展示してあるので二冊しかここには無いんだけど何調べるの?「蕎麦切りの特に佳品と賞するは、第一に戸隠、第二に相木、第三に三原なりって戸隠のそばについて書いてあるらしいけどその箇所です」じゃ戸隠の巻だね、よかった戸隠の事を書いてある四巻は今ここにあるよ。ということで学芸員さんと二人で古文書を読み出した、が、どこにもそんな箇所は無いのだった。(古文書は読めないが蕎麦という文字ぐらいわかるさ!)「無いね」「ううむ、無いなあ」「この善光寺道名所図会の事どこに書いてあったの?」「戸隠の観光課のホームページとかパンフとか」「なら戸隠の教育委員会に聞けば良い」「そうしようかなあ、この戸隠のページ全部写真を撮っても良い?」というわけで、翌朝写真をプリントアウトして戸隠へ向かった。
合併して長野市になった戸隠の役場には観光課しかなくそこで質問「あの、1843年(天保14年)「善光寺道名所図会」という本の中に「蕎麦切りの特に佳品と賞するは、第一に戸隠〜」と掲載されていると戸隠観光課さんの作られているホームページに載っているのでそれを見たくて県立歴史館で「善光寺道名所図会」を見てきたんですけど、その文章ってやつがどこにも書かれていないので、まあ実際古文書は苦手(読めない)なのでもしご存知でしたらどの箇所か教えていただきたいのですが…ここに本の写真を持ってきたので教えてください」そうお聞きしたところ、返事は「パンフレットに書かれていた事をホームページに載せましたがそのパンフレットも再版再版で疑う事無く以前と同じように書いてきたので私にはわからない」という事だった。戸隠の古文書に詳しい方が近くにいるのでその方に聞いてくれないか?という。で先日の「奥院燈明役勤方覚帳」に行き着く。
「善光寺道名所図会」
古文書の先生は忙しいお方で結局会えなかったが戸隠蕎麦に関する古文書の先生の書かれた文章を読む機会があった、がそのどこにも「善光寺道名所図会」の事に触れる文は無かった。
展示してあって見る事ができなかった一巻とかにあるのかなあ。
——後日談——-
「ありましたよ!5巻の付録についていました。」というkodamaさん(マックの先生)からのコメントがありました。kodamaさんありがとう。付録ってのが実にイイ。当時「付録」という考え方があったんですね。「付録」についてはなぜか心惹かれるものがあるのでまた報告します。

今度、図書館で読んでみます。
上田市の方で発見され非常に気になってる古文書もあります。また調べて公開します。今までで一番「ううむ」な古文書です。
ありましたよ!
5巻の付録についていました。
絵入りの部分じゃなかったためか、原文がのっていませんでしたが展示ししてある原本だったら原文も読めますね。
おお、五巻の…付録か!サンキュ。付録…付録ってなんか気になるなあ。戸隠なんたらよりも「付録」ってのが実にイイ。付録かあ。この時代に付録ってやつを考えたヒト、イイなあ。表紙には付録って書いてあるのかなあ。色々書き落とした事が気になってしょうがなかったんだなきっと。おちゃめなやつだ。付録ってやつを見たくなったぞ。