




















山が緑の服に着替えはじめるとても美しい季節に、小さな子犬はお母さんと別れ、人間のこれからお母さんになる人に抱かれてランドクルーザーに揺られながら我が家にやってきた。初めての旅だから酔ってしまうかもしれないと子犬を譲ってくれたオノさんは言ったけど、子犬は途中少し吐いただけでゴロゴロ揺られてもがんばってやってきた。
「来たよ。静かにね、そおっとだよ。ほら眠っているからね、あっ起きた。起きちゃった。わー可愛い」子犬が目をクリッとさせてここはどこだ?という顔でみんなを見回したその瞬間、その子犬はぼくたちを一瞬で虜にし、そしてそれからずっと家族の中心にいるようになった。お母さんが子犬を抱いていた服と一緒に用意してあった段ボール箱に入れると子犬は服に潜ったり噛んだりやんちゃな面をいっぱい見せた。小さな体のどこを持っていいいのかわからなくてドキドキしながら、ぼくたちはこれから家族になる子犬を壊れないようにそおっと抱き上げて挨拶をしたり握手をした。「こんにちは、よくきたね。だいじょうぶだよ」柔らかくて折れそうな手だ。白と黒のトライカラーそして目はクリっとしたアーモンド。
命名権のある娘は子犬が来る前から「子犬の名前はジャガイモにするんだよ」と決めていたがどうみても「ジャガイモ」の顔ではない。ぼくは娘にそっと言った「シェラってどうかなあ。このわんちゃんはねシェットランドシープドッグっていう種類の犬なんだ。だからシェットランドシープドッグのシェとラをもらってシェラ、シェラという言葉には山脈っていう意味もあるんだよ。ここは山の中だしちょうどいいいね」と話すと「やったあシェラがいい。シェラ、シェラ」娘は子犬に何度も何度も話しかけた。
シェラは毎日お母さんの仕事場に作った段ボール箱と自宅の段ボール箱を行ったり来たりした。昼間ぼくは会社の仕事なんて放ったらかしで毎日会いに帰った。最初の食事は一日数回、ドッグフードにミルクをかけて柔らかくして与えると口のまわりを真っ白にしてたくさん食べた。顔を近づけるとミルクの匂いがした。シェラは椅子に潜ってはぼくたちに声をかけ、ぼくをつかまえてごらんと一日中遊んでいた。目を離すと机の上に乗ったり部屋のあちこちを探検しはじめる。本棚、洗濯物、スリッパ、いろんなものが遊び道具になって遊んでも遊んでも疲れる事も飽きる事もなかった。そのうちマテとヨシがわかるようになるにしたがって、ここから入っちゃいけないよというと入らない。人間の言葉がわかるようだった。そしてあっというまにシェラは赤ちゃんの顔から子供の顔になり、成長にしたがって段ボール箱の家もつぎはぎしながらどんどん大きくなった。しだいに巨大化するダンボール箱でさえ簡単に越えてしまうジャンプ力もつき混合予防接種も終えるとそろそろ外の匂いや音が気になるようだった。
毎週日曜日には大工さんになって子供たちといっしょにシェラの部屋を廊下に沿って広く長く庭に建てはじめた。部屋の前にはプルーンの木や梨の木や大きなコウヤマキがよく見える。シェラに首輪はしたくなかったし自由に走り回れる広さが欲しかったし廊下の横ならいつでもシェラに触れるしシェラも淋しくないし・・・。子供達は一生懸命ペンキを塗った。心の中では家の中でシェラと一緒に暮らしたかったがそこは人間と犬、一線は引く事を誓った。だから最後までシェラを擬人化して洋服を着せるなんてことはしなかった。シェラはペットではなく犬というオオカミを進化させた人間のための戦友だと考えていた。少しでも野生を持ち続けていて欲しかったしシェラの中に棲む野生のDNAに魅力を感じていたからだ。おかしな話だが躾けているのに時々オオカミのような声で吠える時や言う事を聞かない時は実に嬉しかった。シェラにはシェラの譲れない一線があってそれをきちんとぼくたちに伝えていた。うっかり人間がその一線を越えてしまう事があっても絶対本気で噛むことはしなかった。その気になれば人間の手の骨なんていとも簡単に砕く事ができるチカラを持っているのに。
シェラは賢い犬だった。待て、来い、付け、伏せ、立てはもちろん右や左も覚えていった。もちろんボール投げも、それから圧巻はフリスビーだ。ちびのくせに1メートルも高く飛びながら空中でぱくっとくわえてきれいに着地、そしてまっすぐに帰ってくる。こうやって毎朝近くの遊園地でフリスビーで遊んでいると、通りかかった人や通学途中の子供達が立ち止まって歓声をあげた。近所の誰でもがシェラを知っていたし誰でもシェラが好きだった。そしてシェラもそれを知っていてみんなが寄ってくるととてもすましていた。遊びだけじゃない、シェラはいっぱい農作業を手伝ってくれた。葡萄の収穫や柿もぎもしたしラベンダーも植えた、プルーンには毎日コツコツ自分のこやしを運んだ。お手伝いの中でも雪かきは得意中の得意だったので冬になるとぼくたちは雪の野原で寝転がって遊んだ。黒いシェラが真っ白になった。それから、それからテレビCMや新聞広告でも活躍した。デジカメなんてまだなかった時代、最初の年賀状は会社の暗室に朝までこもって数百枚もシェラをプリントした。毎日が楽しかった。
ある日シェラは猫を追いかけて6メートルジャンプ、崖からまっさかさまに落ちた事があった。手を離したほんの一瞬の出来事はまだよく覚えている。シェラは空中で「へへ、おとうさん、ぼくしっぱいしちゃった」という困った顔でぼくを見ながらスローモーションで落ちて行くのをぼくは見ているだけで駆け寄ることもできなかった。倒れたまま動かない。「シェラ!」と大きな声をかけるとピクンと立ち上がって「心配ないからだいじょうぶ、ごらんのとおり」きりっとした顔でぼくを見た。でもそれも一瞬で、再び倒れたシェラは口から血を流したまま動かない。ぼくはシェラを抱えて長い坂道を駆け上がりながらこのままシェラは死んでしまうのかと思うともう声もでなかった。家にはなかなか着かなかった。急いで車に乗せて病院へ向かって走ってしばらくすると今までだらんとして全く動かなかったシェラが「ここは?どこ」きょとんとした顔で急に起き上がってワンと吠えた。「体が柔らかいのと、身長の具合で空中でくるっと一回転してうまく着地したと思いますよ。身長が少しでも長かったり短かったりしたらダメだったかも、よかったね」でも左右の犬歯が見事に欠けていた。それからもたくさんの困難があったけれどシェラはいつもこんなふうに平気にこなして14年間を過ごしてきた。「だいじょうぶだよほら」それがシェラの口癖というか自慢の顔だった。
長い尾をまっすぐに立て胸を張って歩くシェラはいつでも気骨と気品にあふれ、オオカミの血がそうさせるのか弱音は絶対見せなかった。そんなシェラも亡くなる数週間前から家に帰りたくないそぶりを見せるようになる。山に向かって突然歩き出し「どうした、もう家に帰るよ。そっちじゃないよ」そう言うと悲しそうな困った顔で立ち止まってぼくを見つめる。そのただならぬ気配を感じてぼくはその度に抱きしめた。子供の頃に祖父が「犬は死期を感じると自分の屍を飼い主に見せたくないから一人で黙って山に行こうとするんだ。」と話してくれた事を思い出して心は揺れ動いた。シェラの中に眠っている野生の血を解放してあげなければならないのか。このまま行っていいよと言ってあげるのがぼくの使命なのか。その後始まった体調の変化の中で、シェラを助けようとぼくたち家族と獣医は今できることを一刻の猶予もなくやるしかなかったし、静かに見守る事ができるほどぼくらは強くはなかった。
それから数週間後シェラはぼくたちに弱みを一切見せる事が無いままに座ったまま14年間の戦友としての役割を終えた。「おとうさんぼく心配ないからだいじょうぶだよ、ほら」きっといつものようにそう言いながら眠ったに違いない。「ほんとだシェラ、よかったね。おまえは強いね。これからもずっと一緒だからね。ずっと。約束だからね。」
ぼくたちはシェラが初めて我が家に来た日のように段ボール箱を作り、シェラを寝かせ花と一緒に思い出の写真をいっぱい敷きつめた。それは神様からの贈り物の箱を開けてシェラと楽しい14年間を過ごさせてもらった後、感謝と共にその箱にたくさんの思い出をつめて神様にお返しする儀式のようでもあった。でも、箱の中のシェラはあの日のように服に潜ったり噛んだり、やんちゃな面を見せることはなく、ただいつものように気骨と気品ある姿で眠っていた。
「キリマンジャロは、高さ19710フィートの、雪におおわれた山で、アフリカ第一の高峰だといわれる。その西の頂はマサイ語で"神の家"と呼ばれ、その西の山頂のすぐそばには、ひからびて凍りついた一頭の豹の屍(しかばね)が横たわっている。そんな高いところまで、その豹が何を求めてきたのか、いままで誰も説明したものがいない」
『キリマンジャロの雪』ヘミングウェイ
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