君はまだ「ハリコシ」なぞという物を食ったことがあるまい。『千曲川のスケッチ』は島崎藤村が小諸義塾に赴任した際、小諸を中心とした千曲川一帯の自然や人々の暮らしを鮮やかに描写した随筆。この中の、その六『山村の一夜』の一節にこの『ハリコシ』なるものが登場する。これは『梁越そば』と呼ばれる川上村の郷土食。ところがこの有名な郷土食は随筆中の「君」ばかりではなく我が身内のそばマニア達でも知らないしましてや食ったこともない。それってアレだよアレ!そば煎餅だよきっと。いやそれはそば饅頭だな。いやいやそばおやきに違いない。そこで、いくらなんでもそばマニアたるもの「ハリコシ」を知らぬわけにはいかぬぞと言うことで川上村を訪ねたのは春のことだった。かつて「北の戸隠そば」「南の川上そば」と呼ばれていたそばの産地はすでにレタス一色に染まり、かろうじて昨年はじめたらしい蕎麦屋一軒と村の施設がやっている食堂のメニューにそばがあるという程度。しかもその村の施設の食堂に入ったらそばは予約制だと言われた。しかしメニューには「土日限定名物ハリコシソバまんじゅう」があった。ハリコシソバまんじゅう?訪ねたのは土日ではなかったがなんとか喰いたいと話すといいよと言う返事をもらえた。きっとこれが「ハリコシ」!!おお!!
『山村の一夜』前出の一節の少し前に「...その辺は信州の中でも最も不便な、白米は唯病人に頂かせるほどの、貧しい、荒れた山奥の一つであるという。」と、高原野菜栽培のはじまる以前の、厳しい村の様子が描かれていますが、その後「...「ハリコシ」を食い食い話すというが、この辺での炉辺の楽しい光景なのだ。」と結ばれていることから、『梁越そば』は村人と客人たちにとっての何よりの楽しみだったことがうかがえます。とは我が友リエちゃんのお言葉なのだが、すでに「ハリコシ」は村人さえも知らない幻のソバになっていたのがううむであった。
そば粉を入れた椀に水、味噌、生姜、ねぎを入れ、軽く団子にしたら、梁を越すほどの高さまで放り上げ、椀で受け止める。これを繰り返しながら団子にし、形を整え炉端で焼くか、灰の中に入れて焼く(高く跳ね上げるうちに建物の「梁」を越えたことから「梁越そば」と呼ばれたらしい。)手で団子にするよりも放り上げて形にするほうが、中に適度な空気が含まれ硬くならないとの事。ボソボソするが味噌とショウガが結構効いていて意外とうまくて嬉しかった。そうか注文して待っているときにペチャッ!ペチャッ!と音がしていたのはきっと厨房で天井に向かって放り投げていたからなのだな。なんとオチャメな作り方だろう、いいなあ。
ハリコシ
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