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「奥院燈明役勤方覚帳」

okunoin.gifいい天気だったので戸隠村の新蕎麦を食べつつ「そばきり」が祭礼時に振舞われたと掲載されている(宝永6年)「奥院燈明役勤方覚帳」を見てきた。戸隠は高野山・比叡山と並ぶ日本三大霊場の一つとして、修験道の修行時、唯一携行が許されたのがそばだった事などから戸隠大権現への献上物として「ハレ」の特別な料理としての性格を持っていたらしい、当時の庶民はそばがきやそばせんべいを食っていたとか。その「そばきり」は遠くから訪れた貴人をもてなしたり戸隠講の「おもてなし」として徐々に一般的なもてなしの料理へと変遷していく。当時の奥院は女人禁制で、在家の男性たちがそばを打っていたようです。祭礼の日、餅の入ったお吸い物、栗やあげものの小鉢、湯豆腐...など、今食べてもおいしそうなごちそうと一緒にソバが振る舞われていることを見ても、そばがハレの日の食だったことがよくわかります。

この「奥院燈明役勤方覚帳」を見に行くその前日に1843年(天保14年)「善光寺道名所図会」という本の中に「蕎麦切りの特に佳品と賞するは、第一に戸隠、第二に相木、第三に三原なり」と掲載されているらしいということで、昨日県立歴史館に行って「善光寺道名所図会」ってやつを調べたところ...。意外な事がわかり急きょ「奥院燈明役勤方覚帳」を見に行ったという話はまた後日。

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